法話箋第192号

昔々、「茗荷(みょうが)を食べると物忘れがひどくなる」と聞いたある宿屋の夫婦がいました。あるとき、景気のよさそうな客が大きな財布をもってその宿屋に泊まりにきました。欲深い宿屋の夫婦は何とかあの財布を忘れていかせいようと客に茗荷づくしの料理を食べさせることを思いつきます。茗荷の串焼き、茗荷の浅漬け、茗荷の煮付け、茗荷の酢の物、茗荷のお椀、そして茗荷ご飯。亭主はこの献立を「茗荷の重ね喰い」と名付けました。

亭主「お客様、田舎のことでなにもございません。裏の畑でとれた茗荷で少々作ってまいりました。どうぞ召し上がってください。」

客「これはうまそうだ、オレは茗荷が大好物でなぁ、いただきます。」どれも美味しかったので客は大喜びでした。

夫婦は寝物語に、「明日の朝食も茗荷ばかり出せば、あの財布は間違い無く忘れて帰るぞ。そしたらお前には着物を買ってやる、俺は上等の洋服にしようか」などと胸をふくまらせて就寝しました。

翌朝、亭主「お客様、昨晩はまことにお粗末さまでしたが、喜んでいただけたようですので、今朝も茗荷づくしの朝食にいたしました」客「それは有り難い。これは茗荷の味噌汁か、これは茗荷の煮物、これは茗荷の漬け物、みんなおいしい、おいしい。」

やがて客は上機嫌で帰って行きました。

亭主「オイ、早くあの客のいた座敷を探せ、何か忘れているはずだ。どれどれ押し入れの中かな、なに、戸棚の中かな、待てよ、手洗いか、机の下か、おかしいぞ、なんにも忘れてないじゃないか。へんだな・・・・・」すると、大声を張り上げ女房が飛んで来ました。

「大変だよ、宿賃はらうのを忘れてったよ。・・・」

このお話は山口県に伝わる昔話しです。後に十代目金原亭馬生の落語「茗荷宿」の題材にもなっています。人は誰しも、「災いは他人に、幸せは自分に来るもの」と思っています。しかし、現実はそんなに甘いものではありません。気をつけましょう。